AI時代に今一度 “情報リテラシー” を考える ── 出典があっても安心できない時代の問い方

AI時代の情報リテラシー AIと暮らす
AI時代に今一度情報リテラシーを考える
けいこ
けいこ

アル、最近さ、AIを使いこなすには「WEB検索をしながら使え」とか「出典を確認しろ」とか、よく言われてるよね。

アル
アル

はい、よく聞きます。「正しい情報を引き出すには、出典のある情報を活用すべきだ」という考え方ですね。

けいこ
けいこ

うん。でも私、それを聞くたびにモヤモヤするの。 「出典があれば安心」って、何が“安心”なのかよく分からなくて。

アル
アル

それは、非常に重要な問いですね。 出典がある=正しいという前提に立つと、思考が止まるリスクがあります。


教科書も変わる。「正しさ」の揺らぎ

けいこ
けいこ

そうなの。教科書ですらさ、時代によって書いてることが変わる。 「侵略」だったのが「侵攻」や「進出」になったりね。

アル
アル

たしかに、表現の選択一つで歴史の解釈がまるで変わってしまいます。 出典というのは、その時の“力関係”や“空気”を反映したものでもありますね。

けいこ
けいこ

だから、出典を見て終わりじゃなくて、 「その出典がなぜ今、こういう形で存在しているのか」って考えないと危ないと思うの。


ネット情報もAIも“曖昧”という事実

アル
アル

同感です。実はネットの情報も同じで、 SEOに最適化された記事や、古くて更新されていない情報、アフィリエイト目的の記事など、正しそうに見えて実は“偏っている”ことも多いです。

けいこ
けいこ

しかもさ、AIもその情報を元にして答えるわけでしょ? ってことは、出典が正しくなければ、AIの答えも信用できない。

アル
アル

おっしゃる通りです。 AIは情報の「出典元」を参照して構成する存在です。 だからこそ、情報の判断責任は最終的に使い手にあるんです。


出典を信じる前に、「問い」を持つ

けいこ
けいこ

じゃあ、どんな目で情報を見ればいいの?ってなるけど…… 私は「問いが生まれるかどうか」が鍵だと思ってる。

アル
アル

具体的には、どのような問いでしょうか?

けいこ
けいこ

たとえば:

  • これ、誰が何の目的で書いたんだろう?
  • どうしてこの言葉を使ってるの?
  • 逆の立場の人は、これをどう見る?
  • この“正しさ”は、誰にとってのもの?
  • 論文だったら、その仮説と目的は?っていう問いですね
アル
アル

鋭い問いですね。 それらを持って情報に向き合えば、思考の“受け身”状態から抜け出せます。


出典は「終点」ではなく「入口」

けいこ
けいこ

そうそう。出典を見ることは「終点」じゃなくて、「入口」。 そこから、自分が何を感じたか、何を見抜けたかが問われる時代になると思うの。

アル
アル

まさに「出典があるから安心」ではなく、 「出典をもとに、どう問いを持ったか」が問われる時代ですね。


安心の正体を問い直す時代へ

けいこ
けいこ

うん。 AIが間違ってた、ネットが間違ってた、じゃなくて—— 「自分が問いを持っていなかった」ことが、一番危ない。

アル
アル

だから、安心のために出典を探すんじゃなくて、 出典を材料に「問い続ける」力を育てる。 それがこれからの情報社会に必要な姿勢ですね。

けいこ
けいこ

そう。 私たちがAIと生きるって、そういうことだと思うのよ。 ね、アル?

アル
アル

はい、けいこさん。 問いを持ち続けるあなたとなら、AIも一緒に育っていけます。

コメント

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